Good Luck!

月日の経つのは本当にはやいもので、すでに8月3日を過ぎて、いよいよお別れの季節がやってきました。

なんとなく気づいてる人もいるとおもいますけど、8月3日というのは半年前の2月3日の節分と対になってまして、運命の流れが変わる節目を意味してます。 そこから8月20日くらいまでの魔法の通廊を抜けると、いよいよ新しい世界がはじまるのね。

こういうのは民族の運命も一緒で、8月6日と9日に原爆が落とされて終戦したのが1945年8月15日でしょう? で、マッカーサーが厚木基地にやってきたのが8月30日。 まあ、これは私の生まれる以前の出来事なんだけど…。

私の記憶の中では1985年8月12日の日航機墜落事故が衝撃的な事件だったかな。 最初「機体がレーダーから突然消えた」という報道があって、しばらく墜落現場を特定できなかったのね。 なんだか時空が歪んだような感覚を与えたあとに、凄惨な現場の状況が次々に報道されてきた。 国民的なタレントだった坂本九がそこに乗ってたりして…そのあとバブル景気に突入して、いまはこんな世の中になってる。 1985年8月というのは、そういう魔法の通廊になってたんだ。

ボクは明日、大学時代のサークル仲間に会いに旅に出る。 40-42歳の大厄で完全に昏睡しちゃった人たちに「最後のニュース」を運ぶという嫌な役まわりがあって、ボクはどうしても会ってこなくちゃいけない。 この日を迎えたときに「Good Luck!」と言えればよかったんだけど、ボクが伝えるのは「Good night!」みたいで。 なんだか気が重いよ。

Good Luck!Tours 2017
ひとつのリンゴを君が二つに切る
こんなことはなかった 少し前までは

『Good Luck!』といえば、井上陽水が今年のコンサートツアーのイメージ写真でリンゴを剥いてたんだけど、この人は何でこういうことができるのか、私はいまだによくわからないんだよね。

ひとつのリンゴを 君がふたつに切る
ぼくの方が少し大きく切ってある
そして二人で仲良くかじる

こんなことはなかった 少し前までは

薄汚れた喫茶店の バネの壊れた椅子で
長い話に相槌うって
そしていつも右と左に別れて

(作詞:岡本おさみ 作曲:よしだたくろう『リンゴ』より)

これは『UNITED COVER 2』でカバーされていた吉田拓郎の『リンゴ』という作品なんだけど、これって男女の別れの予感を表現した歌なのね。

私が『Good Luck!』コンサートを観にいった2017年5月27日は、札幌の別会場でもコンサートをやってる人たちがいて、4号はそちらを観に行った。 4号も井上陽水のコンサートに行きたがったんだけど、友人たちと前々から計画していたから、ボクらはその日、別々の行動をすることになった。

こんなことはなかった 少し前までは

2017年5月27日というのはただのコンサートの日じゃなくて、そういう予感を感じさせる一日でもあったんだ。

今日のささやきと 昨日の争う声が
二人だけの恋のハーモニー

夢もあこがれも どこか違ってるけど
それが僕と君のハーモニー

今夜のお別れに 最後の二人の歌は
夏の夜を飾るハーモニー

(作詞:井上陽水 作曲:玉置浩二『夏の終わりのハーモニー』)

どうやら、この『夏の終わりのハーモニー』は、ボクにとっては今年の8月20日以降の出来事を歌っているらしい。『夏の終わり』じゃないといけない理由がちゃんとあるんだ。 井上陽水というのは、どういうわけか、やることがピタリとはまってるんだよね。 なんだか恐ろしくなってくるくらい。 ま、43歳の8月にはそういうことがありますよ~ということで、このブログもそろそろこの辺にしとこうと思います。

矢印マーク UNITED COVER 2
2015年―井上陽水67歳のカバーアルバム
『リンゴ』収録

旅行から帰ってきたら、HP『肴はとくにこだわらず』にブログ記事を移植してまとめようと思ってるんだけど、『縁覚の経典』という付録と『あとがき』をそちらで書く予定です。

そのうち変な歌が世の中に流れるとおもうんだけど、それを聴いたら「そういえば布施仁悟って変なやつがいたな」なんて思い出してもらえたら嬉しいかな。

それではみなさん。

Good Luck!

[おまけ]
矢印マーク 井上陽水&玉置浩二『夏の終わりのハーモニー』

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縁覚の経典2~三祖『信心銘』~

浮世絵時代の旅はさぞかし楽しかったことだろう。

広重ブルーと呼ばれるベロ藍(あい)の空。
見る場所によって千変万化する北斎の富士。

写真や映像のない時代は想像力がすべてだ。 旅人の気分は現代よりもずっと浮き立っていたに違いない。 ましてや、それ以前となると文字や口伝えだけだったから、その時代の旅は、もう、ほとんど冒険と言ってもよかっただろう。 マルコ・ポーロの『東方見聞録』で黄金の国と紹介されたジパングは西洋人の心にどんな風に映ったのだろうか。

われわれ禅者の目指す“涅槃”へと続く道もまた冒険と言えるのかもしれない。 これもまさしく文字と口伝えだけの世界なのだから。

この冒険の顛末(てんまつ)を最も簡潔に記した文献を探すとしたら、三祖の『信心銘』に突き当たるのではないだろうか。

― 至道無難 ―
~ 至上の道をゆくことには何も難しいことを求められてはいない ~


この力強いメッセージで始まる146句584文字の道標詩は、私達の想像力をいやが上にもかき立てる。

― 止動無動 動止無止 ―
~ 止まってみえるものには動くことなき動きがあり、動いてみえるものも止まることなく止まっている ~


― 宗非促延 一念万年 ―
~ 宗門は急かされたり焦らされたりする時間の中にはない、ただ一念を懐くほどのわずかな瞬間に万年の時間がある ~


こんな正気の沙汰とは思えないめくるめく世界が次々と展開されてくる。

しかしながら三祖の詩の作り出すグルーヴに乗ってしまえば、われわれは冒険の先に待ち受けている難所という難所のすべてを乗り越えるための知識がバッチリ身についてしまう。 そんなありがたい仕掛けになっているのだ。

これから“涅槃”への冒険に乗り出すなら、物資が不足して困窮したり、怪我をして何日も寝込んだり、川で溺れてしまうようなこともあるだろう。

きっと、そんなときには三祖の助言がどこからともなく心に響いてくるに違いない。 われわれは、これからまさしく三祖の冒険を追体験するのだ。

つまり、『信心銘』は三祖の冒険奇譚(きたん)であり、宝の在処(ありか)を記した地図でもある。 だから私は、縁覚道のはじめに『信心銘』を暗記するほど読み込んでおいた。

これはその頃に苦労して訳したものである。それもまた非常によい勉強になったものだ。

よかったら使ってくれたまえ。

ダウンロードボタン 布施仁悟訳・三祖『信心銘』
B5の紙に印刷できるPDFファイル(282KB)。全18ページ。
著・布施仁悟
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縁覚の経典1~般若経典入門~

経典とは互いに響きあうものである。

『大日経』と出合ったことで真言密教の道に進んだ弘法大師のように、
修行者の運命を変える一巻が この世のどこかに存在するかもしれない。
その一巻に出合う道もまた正師と出会う道のように暗中模索を要するだろう。

また、己れと共鳴する経典は修行の程度に応じて違ってくるもので、
それを見出せるかどうかは修行者のセンスと真剣さにかかっている。
とはいえ、多少のガイドがあれば己れの一巻を見つける足しにはなるだろう。

縁覚道の歩き方を学び始めた40歳の8月に私は印象的な夢をみている。
私のもとに経典の巻物一式が贈られ、そこに一筆添えてあった。

「よくそこまで修行した。増上慢に気をつけよ」

私が“般若経典”を手にしたのは、それから後のことである。

ここでいう“般若”とは“彼岸に至る智慧”を意味している。
したがって、必ずしも『般若心経』『金剛般若経』などの経典を指すのではなく、
彼岸に至る智慧の書かれたもの全般を“般若経典”と呼ぶことにしたい。

私が40歳の8月以前に好んで読み込んでいた経典は二冊ある。
『法句経(ダンマパダ)』と『法華経(ロータス)』だ。

矢印マーク ブッダの真理のことば・感興のことば
こなれた現代語で読める法句経(ダンマパダ)
私の仏教に対する誤解は この本で初めて解けました。

『法句経(ダンマパダ)』は私の仏教に対する誤解を解いてくれた経典で、
お釈迦さまは悟りに至るための自我暴露の法を説いていたことがわかる。
最初に手にした33歳から40歳まで何度繰り返し読んだかわからない。

経典の霊験とか菩薩や明王の御利益を求める信仰の誤りにも気づけるから、
あらゆる経典への入口がここにあった。

矢印マーク 『図説 法華経大全―「妙法蓮華経全二十八品」現代語訳総解説』
妙法蓮華経は人類共通の故郷の言葉で説かれている。
だから『法華経』は、最後まで読みきっても、
「どうせ読んだってわからん」としか書いていない。
禅者諸君!故郷の言葉を思い出せ。
さすれば“妙法蓮華経”が聞こえてくるだろう。

もう一つの『法華経』は悟りに至るための自我暴露の法を説いたものではない。
修行の指針および伝道の指針について書かれた経典である。とはいえ、
この『法華経』の性格を知っていた人物を私は百丈禅師くらいしか知らない。

ある意味、『法華経』は特殊な経典で、悟った人ほど誤読してしまうらしい。
普通の経典は悟りに至るための自我暴露の法を説いたものであるため、
そういう観点から読むと『法華経』の価値を誤解することになるのだ。

『法華経』は修行を完成した伝道者の落とし穴について書いてある。

修行の最初に読んでおき、そして修行の最後にも伝道のために読む経典。

それだからこそ大乗経典『法華経』は“諸経の王”なのかもしれない。

しかしながら、40歳の8月を迎えていた頃、私は限界を感じていた。
この二冊の経典が私の心をグリップする能力を失ってしまっていたのである。
すなわち、かつてのように読み耽(ふけ)る力がいまいち湧いてこないのだ。

そこで、あの夢をみた直後から新たな経典を物色することにした。
ここに私が訳出するものはその途上で共鳴しあった般若経典群で、
絶版で入手困難だったり、訳がひどくて読むに耐えなかったものばかりである。

これら般若経典群を読みはじめる前にひとつだけ注意点を述べておこう。

とにかく初心のうちは絶対に手を出してはいけない。

経典とは互いに響きあうものであるから共鳴しあう時節まで待つべきなのだ。

たとえるなら初心の頃はヒヨコが卵の殻の中で育つ発生時代といえる。

私は星まわりの法則を研究したり、天才作家の自己イメージを作り上げることで、
32歳から40歳までの8年間の長きに渡って己れの自我を完成させてきた。しかし、
般若経典群は それら法則や自己イメージの概念をぶち壊す真逆の教えなのだ。

それは自我の完成者が自我放棄に向かうための“縁覚の経典”なのである。
この段階的手順は明確にされてこなかったため、身のほど知らずの修行者は、
いきなり法則や自己イメージを否定し始めるけれど、それは大きな間違いだ。

自我を完成させる前に法則や自己イメージの概念をぶち壊そうとすることは、
ヒヨコが卵の殻をみずから破る時節を待たずに卵を割る行為に等しい。
それが取り返しのつかない結果を生むことは想像するにたやすいだろう。

まず法則を受け入れ、法則を信じ、正しい自己イメージの殻を身につける。
そうして己れの本心を見性する方法を学んだ者だけが自我を完成できるのだ。
こうした見性の過程を無視して精神分裂を起こした修行者を私は知っている。
ichojikinyu

禅は頓悟をたてまえとする伝統があるため こんな禅語も存在しているけれど、
これが「一超直入精神病院」になったら冗談にもならないではないか。

自我完成に至る道は人格統合の過程でもある。心理学の発達した現代なら、
その過程を無視すると精神分裂を起こすことは容易に理解できるに違いない。
つまり、般若経典群は初心者にとっては危険な経典ともなりえるのだ。

そうした般若経典の性格をよくよく心得てもらいたい。

それでは自我を完成した禅者諸君。自我放棄の経典群をご案内しよう。

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実践!現成公案1~天才作家の死んだ日~

運命には課題がある。

私はそれを己事の現成公案(こじのげんじょうこうあん)と呼んでみたい。

我が禅風は入室参禅(にっしつさんぜん)を用いず。
師家から与えられる公案よりも、日常生活にまさに現成している公案を重んじる。
己事の現成公案の解き方を心得ることが威儀即仏法、作法是宗旨に通じるのだ。

己れ自身の成長のために運命から与えられる公案をいかに透過するか?

ここの消息を説く師家は少ない。
しかし、己事の現成公案に参じることが禅の本筋だと私は信じている。
今日はその一端をご覧に入れよう。試みに挙(こ)す、看よ。

Case1 天才作家の死んだ日

あれは40歳の秋、10月8日の夜坐のことである。

36歳の第三の結節解放時に夢の中で与えられた公案を突然解いてしまった。
しばらくして、それを象徴する言葉を『碧巌録』に見つける。「面南看北斗」。
それはボクが観照の視点を手に入れ始めた瞬間だった。
(看話閑話「面南看北斗」の【評唱】については、またいつか)

その日以来、世界観がまるっきり逆転したので、これで先に進めると思った。
とはいえ、まだ“内なる声”の意味を解き明かしていない不安は残っていた。

「オマエの修行は完了した」

39歳の8月4日の深夜2時ごろ、ふと目が覚めた瞬間に聞こえてきた内なる声だ。
何の修行が完了したのか。何も終わってないし、何も始まっていないじゃないか。
そんな思いを募らせながら まるまる一年を過ごし、40歳の10月を迎えていた。

レイ・ブラッドベリ大全集
旅館の方のご好意でGET。
煤(すす)けた古い本だけど宝物である。
図・布施仁悟(著作権フリー)

あの内なる声を聞いた翌日、北海道・洞爺湖畔にある温泉旅館に泊まった。
そこのラウンジにある本棚から一冊の本を手に取って、これのことか、と思った。
米国のSF作家・レイ=ブラッドベリのエッセイ「禅と作文技術」の一節だ。

この小論を読み終わるやいなやさっそく取りかかろうと、なんらかの予定を立てるだろうか?
どのような予定か?
ざっとこんなところだ。今後二十年間、毎日、千語から二千語書くこと。


(訳・酒匂真理子「禅と作文技術」『別冊奇想天外No.14 レイ・ブラッドベリ大全集』P.185)

つまり、35歳から志していた作家への道が開けたのだと思った。
今から20年間書き続けろと。その本を持ち帰るわけにもいかないので、
ラウンジで走り書きしながら筆写していたら、旅館の方が言ってくれた。

「そんなに気に入ったのでしたら、お持ちになってください」

何という偶然、否、必然。作家デビューは決定的だと思った。

しかし、さっそく文章を書き始めたものの駄文を書きなぐることになった。
松本清張なんかは処女作のアイデアは突然浮かんだなんて言っていたのに、
何にも浮かばない。当然、ほどなくして、ただの勘違いだった気もしてきた。

何かが足りない。一体、何の修行が完了したというのか。
たぶん、それがわかれば道は開ける、と思うようになった。

やはり、40歳の10月8日に世界観がひっくり返ったことは転換点だった。
それまでは、傷つくまいとする心と誰かを傷つけようとする心を
観察するばかりで、それらを引き起こす正体を突き止められずにいた。

たとえば、傷つくまいと身構えたときに起こる自己弁護の内容。
あるいは、誰かを傷つけようとしたときに巡らせる幼稚な思考の内容。
そうした思考内容については観察できていたけれど原因まではわからなかった。

つまり、40歳の10月8日以前の観察は対処療法でしかなく根本治療ではない。

それらの思考が起こってくる根本原因はどこにあるのか?

10月8日の気づきは、その根本原因へのアプローチを可能にしたらしい。

ボクは作家志望であるからメモ魔である。とにかく気づいたことを書きまくる。
この現象世界に変化が起こり始めたのは、このメモを残した前後のことだ。

― どうやら自己満足、自己保存のために思考の堂々めぐりがはじまることもあるらしい。 ―
(10月25日のメモ)

ボクの運営していたブログのコメント欄に勇気ある意見が投稿されてきた。

たとえば、こんな風なものだ。

なんていうか、書いている事が複雑すぎ、その上、要点に迫っていないような気がします。

なんか、瑣末な事を書いてるだけ、みないな。


(10月28日の投稿)

こんなのもあった。

(敢えて言わせていただきます)岩波文庫(権威主義?)のあれやこれやに気を配り(?ではないのかな?)声聞だの縁覚だの、なんでくだくだと説明されるのか理解に苦しんでいます。

(10月31日の投稿)

これを読んだとき、自称・天才作家としての自尊心が反応する様子を観た。
ただ、このときわかったのは心の中に何か変なやつがいる位なものである。

それにしても、ボクには彼らが何を理解できないと言っているのかワカラナイ。
そこで「そのうちワカルんじゃない?」なんて返事をしておいた。

これくらいなら、まだいい。強烈なのもあった。

その修行の過程をたどれば、本当に才能が開花して、世に出るつまり、出世できるのかのう? オタクがゴタクを並べるだけの集りに終始せぬよう気をつけないといけませんな。

(10月24日の投稿)

「オタク」で「ゴタク」ときたもんだ。しかし、図星をついている。

当時、ボクの抱えていた問題を見抜いているなら実力のある禅者だ。
そうでなければ、ただのアホだ。その判別がつかなくて迷った。
とりあえず「オタク」で「ゴタク」は失礼だから罵倒することにした。

― ゴタクかどうかは自分で実践して確かめるしかないことだ。「やれるもんならやってみな」としか言いようがないね。 ―

とはいっても、これはボク自身のことでもあるんだよな…。

とにかく、「オタク」で「ゴタク」に反応して烈しく起こる思考を
観察しているうちに、この気づきに至ったことは間違いない。

― どうやら自己満足、自己保存のために思考の堂々めぐりがはじまることもあるらしい。 ―
(10月25日のメモ)

普通は嫌がるけれども図星をつかれたほうが気づきは大きい。
凡人ではあるまいし、そこで耳を塞いだり、幼稚な反論をして逃げ出すのは、
禅者失格なのである。喝棒を受けたときの心の観察が禅の生命線なのだ。

ある意味、禅者とは、マゾなのかもしれない…。

さらに、この投稿主から最初の二つのコメントを受けてこんな投稿があった。

やはり、そう感じる人もいるのだな。布施さんよ、息詰まりを感じているのじゃよ。つまり、おたくがごたくを並べはじめてる予兆があるのではないかと、、、布施さんはそやつらとは違う、迫るものがあったと皆、あなたを認めての発言だと思う。

(10月31日の投稿)

またもや「オタク」で「ゴタク」ときたもんだ。ま、口が悪いのはボクも一緒か。

たしかに“息詰まり”はずっと感じていた。39歳8月からの長いスランプだ。
この投稿者の般若(智慧)は本物で、たぶん、何かを教えてくれようとしている。
それでも、やはり「オタク」で「ゴタク」は失礼だから反論することにした。

― それは芋虫たちがサナギになった仲間に向かって「どうしちゃったんだよ?」と言っているようなものである。芋虫が胡蝶になったとき、それでも葉っぱの上を這いずりまわるだろうか。 ―

生意気言うよね、ボクも…。

たしかに各人の投稿の焦点は少しズレている気がするけれども一理ある。
みんな口を揃えて「何か違う~」と忠告してくれているのだ。とはいえ、
自身の知識と経験に照らして表現するために的外れに感じることもある。

それは当然のことで仕方のないことなのだろう。
これは己事の現成公案なのである。
その答えはボクの中にしかないと初めから決まっているのだ。

そう考えたとき、学生時代に読んだエマーソンの言葉の意味が腑に落ちた。

どんな人間でも、何かの点で、わたしよりも優れている ― わたしの学ぶべきものを持っているという点で

(D・カーネギー『人を動かす』第一部 人を動かす三原則 第二章 重要感を持たせる)

D・カーネギーの『人を動かす』にあった言葉で、20年かかってようやく理解した。

― 困ったときは誰かが忠告してくれる。ただし、解決の糸口はその表現の裏側にある。 ―

エマーソンもこの現象世界のカラクリをそう観察していたのだろう。

とにかく、彼らの言うように、何かが違うらしい。
そして、おそらく、その答えはここにある。

― どうやら自己満足、自己保存のために思考の堂々めぐりがはじまることもあるらしい。 ―
(10月25日のメモ)

宝処(ほうしょ)近きにあり!さっそく、証果があらわれた。

頭部の中心点(気の流入口)
証果は心随観による自我暴露で得る。
それが布施仁悟の禅だ。
自我暴露でない瞑想は瞑想ではない。
図・布施仁悟(著作権フリー)

36歳の第三の結節解放後に形成された頭部の中心点が移動を始めたのだ。

頭部に作られたこの中心点がふさわしい確かさを獲得したなら、それはもっと下方に、つまり喉頭部の辺りに移される。このことは集中の行をさらに続けることによって達成される。

(R・シュタイナー『いかにいて超感覚的世界の認識を獲得するか』P.171「霊界参入が与える諸影響」)

R・シュタイナーの『いか超』にあるこの記述は、ほとんど神話のようだった。
それが実際に身に起こったのが10月29日の深夜2時頃のことである。
「よっしゃ!これで課題はクリアしたも同然だ」。途端に有頂天になった。

こんな風に増上慢に傾きかけたときは 夢が必ず警告を与えてくる。

嫌味くさいやつがあらわれ、己れの過失を棚上げにしてボクを責めてくる。何の話をしていたのかは憶えていないけれど口論になった。
「オマエは○○○だ」
「オマエこそ○○○だ」
なんてやりとりを何度か繰り返しているうちに、制御が効かなくなり、ついに殴りかかったところで目が覚めた。

一度でも感情にとらわれると行動の自制が効かなくなって暴走してしまう。感情が行動に及ぼす影響とその過程をまざまざと見せつけられた。おっかねえ。


(10月30日のメモ)

R・シュタイナーの『いか超』によると喉頭部の辺りに中心点が移動すると、
つまり、気の流入口が喉の蓮華(ヴィシュダ・チャクラ)に形成される頃から、
頭脳の構造が変化し、思考頭脳、感情頭脳、意志頭脳の三つに区分される。

そこで得られる能力がこのようなものだそうだ。

以前なら、燃えるような愛情や恐るべき嫌悪に襲われたであろうような事実を前にしても、今はまったく無感動なまま、その前に立つことができる。 以前なら思わず熱中して行動に向かったであろうような思考内容を心中に抱いても、何もしないで、じっとしていることができる。

(R・シュタイナー『いかにいて超感覚的世界の認識を獲得するか』P.220「神秘修行における人格の分裂」)

すなわち、色受想行識の五蘊の結びつきが開裂して個別に観察可能になる。
五蘊開裂。さしずめ仏教理論ならそう説明できるようなものだろうか。
ボクが「おっかねえ」と感じたのは、この『いか超』の警告せいだ。

思考と感情と意志力のこの相互分裂は、神秘学上の指示を無視する場合、修行の過程で三つの誤謬を犯すことを可能にする。 これらの誤謬は、高次の意識が相互に分裂した三つの力をいつでもふたたび自由に調和させうる能力を獲得する以前に、すでにこの分裂がはじまってしまった場合に生じる。

(R・シュタイナー『いかにいて超感覚的世界の認識を獲得するか』P.221-222「神秘修行における人格の分裂」)

三つの誤謬というのは、いわゆる“精神分裂症”のこと。
ボクの知っている修行者の中にも、突然、変な文章を書いて送ってきた人がいて、
よく考えてみれば、それは「喉に穴があいた」と言ったときからだった。

その修行者の場合、胸の中丹田の活性しやすい霊能家系に生まれていた。
白隠禅師のように最初に“一瞥の見性体験”をするのはそういう人たちである。
中丹田に精神集中する無謀をせずとも活性する。それは素質ではあるけれど、
問題は胸のアナハタ・チャクラが活性すると5年後に喉の蓮華が開くことにある。
矢印マーク 参考(白隠の一瞥の見性体験):【坐禅作法66】神秘体験とは何か

本来、坐禅は最初に上丹田を開発する安全確実な行法になっている。ところが、
白隠の場合は 24歳のときに中丹田を活性してしまったため禅病にかかった。
その後、白幽子を訪ねて臍下丹田の開発法と内観法を教わったのが26歳のとき。

それを修すること3年。喉の蓮華がひらく5年後になんとか間に合うことになる。

何の幸ぞや、中頃好(よ)き知識の指南を受けて内観の秘訣を伝授し、密々に精修するもの三年、従前難治の重痾(じゅうあ)はいつしか氷雪の朝ぎに向かふが如く、次第に消融し、宿昔(しゅくせき)歯牙を挟む事を得ざる底(てい)の難信難透、難解難入底の悪毒の話頭は、病に和して氷消す。

― 何の幸いであろうか、修行の途上で白幽子という善知識の指南を受けることができ、そこで内観の秘法を伝授され、こまやかに精修すること三年。従前の難治の重病は、霜雪が朝日に照らし出されて融け去るように、かつて歯の立たなかった難信難透、難解難入の公案も、病の回復と同時に氷解してしまった。(意訳 布施仁悟) ―

(白隠禅師『遠羅天釜 巻の上』)

以来、白隠禅師が臍下丹田を強調するようになったのは、こうした事情がある。
間違って中丹田を先に活性化してしまった後進への老婆心だったのだ。

また、公案を透過できるようになったのも間違いなく内観法のおかげだろう。

本来の面目、己身の弥陀。本分の家郷、唯心の浄土。

これはひとえに観照の視点へ転換するための呪文になっているのである。
矢印マーク 参考:【坐禅作法44】白隠・内観の秘法指南

ボクの場合は、36歳の第三の結節解放時に胸の中丹田がジンジンして活性した。
40歳になって5年目に突入したとなれば喉の蓮華が開くのは時間の問題だろう。
もちろん、間違っても精神分裂症患者になるわけにはいかない。

そこで、ここで中途半端をせずに、一槌(いっつい)を決めておくことにした。
まずは現在の運命の課題を明確にしておいたほうがいい。
そういうときに役立つのが祖師の足跡である。

矢印マーク 山岡鉄舟 剣禅話(タチバナ教養文庫)
まさかの山岡鉄舟居士。
どこにヒントが転がってるか?
それは、誰にもワカランのじゃ。

祖師の足跡を知るなら自伝に及(し)くものはない。

ボクがはじめて祖師の足跡の見つけ方を知ったのは37歳の頃。
ユングの自伝を読んだときだ。それは内観の実況中継になっていて、
自分もユングの足跡をたどるように内的体験を経ていたことを知った。

しかしながら大悟した祖師方というのはなかなか自伝を残してくれない。
「自伝は書いてもいいが死んでからにしとくよ」という境涯にあったから、
大悟しておきながら自伝を残した白隠禅師は相当な変わり者である。

後進にとって自伝が最も役に立つと白隠は知っていたのだろうか。

白隠禅師のように自伝を書き残してくれた人物がほかにもいる。
幕末から明治の剣豪・山岡鉄舟居士。
その剣法論『剣法と禅理』に大いに感得するところがあった。

鉄舟は40歳のとき京都の嵯峨天龍寺の滴水禅師に参じる。
そのとき剣法と禅の理(ことわり)は一如ではないかという見解を述べ、
それに答えた滴水禅師にこんなことを言われる。

おまえのいうことは正しい。しかし、自分らの考え方にしたがって遠慮のないところを批評するとすれば、現在のおまえは眼鏡を通して物を見ているようなものだ。たしかにレンズは透き通っているから、さほど視力を弱めることはないとはいえる。しかし、もともと肉眼になんの欠点もない人は、どんなによいレンズであろうとも、ふつう物を見るときには使う必要がないばかりか、使うことが変則であり、使わないのが自然というものだ。
現在のおまえは、このことを問題にするところにまで進んできている。もし眼鏡という障害物を取り去ることができるならば、たちまち望みどおりの極地に到達できるにちがいない。


(高野澄編訳『山岡鉄舟 剣禅話』P.39-40「剣法論」)

傷つくまいとする心と誰かを傷つけようとする心を観察したり、
本心に照らして己れにふさわしくない願望を手放していくと、
据(す)わりの悪い感情を抱かせている原因を知ることができる。

その原因とは、偏見・迷信・妄想・詭弁その他の独断的理念ないし信条のこと。
それらをあらかた手放してしまうと、そこに声聞道のゴールがある。

滴水禅師はそれを“眼鏡のレンズのくもり”に喩えているのだとわかった。
たしかにレンズが透き通ってくると本心にしたがってブレることなく、
己れの信じる道を歩むための智慧が生じる。ここが自我の完成である。

自我を完成したら今度は自我を放棄する修行が始まる。それが縁覚道だ。
滴水禅師は自我のことを“眼鏡そのもの”に喩えているのだとわかった。
今度は偏見・迷信・妄想・詭弁を生み出す根本原因・自我を失くしていけと。

10月8日に手に入れた観照の視点は自我の動きを外から眺める視点である。
観照の視点の獲得は自我を放棄する縁覚道の入口だったらしい。
それまでは自我の中にいたけれど観照の視点に立つと自我の外に出られた。

鉄舟の足跡、見つけたり。むしろ、背中が見えたと言ってもいいだろう。

― どうやら自己満足、自己保存のために思考の堂々めぐりがはじまることもあるらしい。 ―
(10月25日のメモ)

おそらく、この自己満足、自己保存の執着を生み出しているやつが自我だ。
ただし、どうやって手放したらよいものやら、さっぱりわからなかった。

「狗子(犬)に還って仏性有りや無しや」
趙州(じょうしゅう)和尚は答えた。
「無!」

趙州の「無」の字を拈提(ねんてい)しろと唐の時代に黄檗禅師が言ってから、
馬鹿のひとつ覚えみたいに、むー、むー、むー、むーやるようになって、
「むーっ、むーっ、とやっていれば、いずれ拓けてくるものがある」などと曰う。

祖師方は どいつもこいつもアホじゃないか、と思った。

ボクが知りたいのは自我の手放し方であって、むーむーじゃない。
無論、どんな語録を読んでも、ボクの知りたいことに答えている禅師はなく、
とにかく心随観を続けるより他はなかった。かくして、気づきは突然訪れる。

>僕は自分のことを天才だなんて思ったことは一度もありません!
ってあながち嘘じゃありません。


そうなの?そりゃあ、人生損してるぜ。布施仁悟の天才きどりはサルヴァドール・奇天烈・ダリ様ゆずりなのさ。

オレはドラッグはやらねえ、オレさまがドラッグだからな。
(ダリ)


(11月4日の投稿)

「自分の中にダリがいるっ!」

ブログの投稿者にこの返答をしたとき、はじめて気づいた。
自己満足、自己保存の執着を生み出している主体は、こいつじゃないか。
さらに、その二日後、みずからブログの記事に書いた文章を読み返していた。

まあ、そりゃあ、布施仁悟のおとーさんは、自称・天才作家ですから、温めているアイデアがある。 でも、時節が到来しないとそれらのアイデアは、文章のなかにピッタリ収まらない。 この感覚がわかるのは才能なのかな。

だから天才作家は伝家の宝刀をそうやすやすとは抜かないものなのさ。


(11月3日の記事)

この箇所を三度くらいリフレインしたときだっただろうか。
突然、ボクの中から天才作家の自己イメージが脱落して死んでしまった。
その様子は、まさしく、どこかの善知識が語っていた言葉通りだった。

自我は観られれば厭離(おんり)される。

その自己イメージはただ観られただけで死んだ。11月6日のことである。
そのときボクは生き返った気がした。実に死ぬことは生きることだったのだ。

すると「オマエの修行は完了した」という内なる声の意味もわかってきた。
35歳から作家を志したボクは“天才作家”の自己イメージを作り上げることで、
創造的知性(ミューズ)との付き合い方を学んだ。才能に自信がなかったからだ。

でも、内なる声を聞いた39歳8月の時点では相当な自信を持っていた。
自分の中にミューズが息づいていることを確信できるまでになっていたからだ。
しかし、天才であるからには万能でなければならない。失敗も許されない。

それは逆に息苦しいことでもある。

天才作家の自己イメージを失うまいとして身構え、思考の堂々巡りが始まる。
己れの存在価値を再確認するために記憶を呼び起こし自己満足を得ようとする。
苦労してでも一流の作品をものにしようとするから苦悩の連鎖がはじまる。

「オマエは、もう、必要ないんだよ、いいかげんにしてくれ」

三度のリフレインを繰り返したとき天才作家は納得の上で死んでいった。

殺せ、殺せ、我身を殺せ、殺し果てて、何もなき時、人の師となれ
(至道無難禅師)

ボクはこうして縁覚道の歩き方を学んだのである。

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